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宮崎地方裁判所 平成6年(ワ)344号 判決

原告

児嶋正男

右訴訟代理人弁護士

真早流踏雄

松田幸子

西田隆二

被告

学校法人大淀学園

右代表者理事長

田代耕也

右訴訟代理人弁護士

殿所哲

俵正市

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告と被告との間で、原告が宮崎産業経営大学経営学部特任教授の地位にあることを確認する。

二  被告は原告に対し、平成六年四月一日以降毎月二五日限り金三四万四三二〇円を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  二、三項について仮執行宣言

第二  事案の概要

原告は、平成六年三月三一日、被告が設置運営する宮崎産業経営大学(以下「被告大学」という。)経営学部教授を定年退職したが、右退職に先立って、被告大学における特任教授規程(被告大学を定年退職した教授を任期一年の特任教授として任用することができる旨を定めた規程)に基づいて平成六年度の特任教授への就任を希望したけれども、被告は、原告を経営学部特任教授として任用しなかった。そこで、原告は後記のとおりの理由で、被告大学経営学部特任教授としての地位を有すると主張し、その地位の確認等を求めて本訴を提起した。

第三  当事者双方の主張

一  原告

原告が被告大学経営学部の特任教授としての地位を有する理由は以下に述べるとおりである。

1  教授会の決議により原告は特任教授の地位を取得する。

(一) 私的団体の行為であっても国家がこれにかかわる程度が高く、国家機関の行為とみることのできるようなものについては、憲法を直接適用すべきである。国の行為に準じる場合かどうかの判断の基準としては、当該行為を行った私的団体が国から財政的な援助を受けるとともに、その管理運営に国の規制を受けているかどうかによるべきである。私立大学は右の要件に該当するから、憲法二三条の直接適用を受けることになる。そして、憲法二三条は大学においては教授人事における教授会自治を要請するから、教授会の任用決定により当該教授はその地位を取得することになる。大学当局には財政的理由及び当該教授にかかる非行事実の存在等の特段の事由がある場合に任用を拒否する権限があるのみである。

(二) 平成五年一二月、経営学部教授会は原告の特任教授就任を決定したが、原告については前記特段の事情は存在しない。

2  原告の定年年齢は七五歳である。

特任教授制度は、原告のように被告大学創設時に任用された教授陣が後任に引き継ぐことができるまで任用を継続していくための制度であるから、定年を延長したものである。このことは、特任教授であっても勤務形態は定年前と全く変わらず、過去の実績においてもそのような勤務が可能で、かつ、本人が希望すれば、すべての教授が特任教授に任用されてきたことからも明らかである。

3  任用時の合意

(一) 被告大学における特任教授制度は、昭和六二年の被告大学創立以来文部省の大学設置基準に見合う教員を一定数確保するために設けられた制度であり、定年を迎えた教授に特任教授として勤務する意思があれば、理事会は必ず任用又は再任用の決定を行うものである。したがって、特任教授制度は、定年退職後の任用という形式はとるものの、定年規定を前提として併設された上記制度の趣旨を勘案すると、定年後の雇用継続を前提として実質上定年を延長するものである。

(二) 原告は平成元年四月に被告大学経営学部教授として任用されたのであるが、右の事情を併せて考慮するならば、その際、原告と被告との間で、将来、原告が定年に達した場合において、原告が希望した上で被告大学経営学部教授会が特任教授任用を決定し、かつ、大学の財政的な事情や当該教授の非行等によって任用することができない特別の事情が存在しない限り原告を特任教授として任用する旨の合意が黙示的に成立していたというべきである。

(三) 原告については、平成五年一二月の経営学部教授会において原告の特任教授就任が決定されており、原告は、一時、就任辞退を表明したことはあったが、最終的には任用を希望しており、教授会の原告に対する就任承諾の姿勢は終始一貫していた。また、財政的な事情等原告を任用することができない特段の事情は存在しなかった。よって、原告は任用時の合意により特任教授としての地位を取得した。

4  特任教授任用の慣行存在とその存在により推認される被告の該当教授に対する黙示的、一般的な特任教授任用の意思表示

(一) 被告大学においては、特任教授任用該当者が希望すれば、例外なく任用されてきたのであり、被告と教授間にはそのような慣行が成立し、被告はこの慣行に拘束されるというべきである。したがって、被告は、当該教授が希望して教授会が任用の意思表示をし、大学の財政的な事情や当該教授の非行等によって任用することができない特別な事情が存在しない限り原告を特任教授として任用する旨、黙示的、一般的に特任教授任用の意思表示をしていたものというべきであり、原告につき、この要件を充足することは2において述べたとおりである。

(二) 被告は、特任教授制度が現実に機能しはじめて間もないことから、右慣行の存在を否定する。しかし、労使間における慣行に一定の規範的意味を肯定する理由は、その内容が労働契約として明示されてはいないけれども、当該事業所の実情から労使間において当然の前提とされている事項については、労使を規律する効力を持たせるのが妥当であるとの判断によるものであり、したがって、慣行の成立を肯定するのにその継続期間はさほど重要な意味を有しない。短期間であっても、当該事項が労使関係において当然の前提になっており、何らの問題もなく運用されている場合には慣行の存在を肯定すべきである。本件においても、大学設置基準との関係から、教授が定年に達しても後任教授が決定しない限り退職することはできないのであり、原告の問題が生じるまで特任教授への任用を希望して任用されなかった例は存在しないのであるから、相当期間の実績があるということができる。

5  本件における原告の特任教授任用契約の成立

仮に当初の任用時の契約もしくは慣行により直ちに特任教授の地位が認められないとしても、本件では、理事長自ら原告への度重なる特任教授就任要請をなし、結果として原告がこれに同意し、教授会及び大学協議会でもこれを了承したことなどから、原告と被告との間で、新たに特任教授の任用契約が成立したものである。よって、原告は被告大学経営学部の特任教授としての地位を有する。

6  人事権の濫用

(一) 原告は、平成五年末の時点では特任教授の希望を有していた。

(二) 平成六年一月になって、被告の田代耕也理事長が白城光信経営学部長(特任教授)に対して、原告には問題があるので特任教授は困難である旨を伝えた。これに反発した白城学部長は原告に対して一緒に退職したいと伝え、当時、経営学部の執行部を構成していた山崎秋則教授(大学協議会委員)と協議した結果、三名とも退職する意思を固め、それを教授会及び田代理事長に伝えた。

(三) 田代理事長は、原告ら三名が同時に退職すると経営学部の運営に支障が生じることから、態度を三名の慰留に転じ、その結果、原告は平成六年三月一〇日の教授会において、大学に残る意思を表明した。その際、原告は田代理事長との交渉経過について「田代理事長は『中傷に基づいて人事に介入することはしない』『この重大な時期に是非力を貸してほしい』と述べたので、私はこれを了承した。」と経過を教授会構成員に説明した。原告のこの発言は当然のことであり、田代理事長が無条件に人事権を放棄したなどと述べたものではない。ところが、この発言が田代理事長に対し、「原告が『理事長は人事権を放棄した』と教授会で説明した」旨誤って伝えられ、これに態度を硬化させた田代理事長はじめ被告の理事らが平成六年三月一六日開催の理事会で被告ら三名を特任教授として任用しないことを決定した。

(四) 教授の資質、能力等その適格性判断はその専門性からして教授会のみが判断しうることであり、教授の任用については、その判断が尊重されるべきであることは憲法二三条の趣旨からしても明らかであるところ、本件では、教授会は原告の任用を求めていること、田代理事長自身、一時は原告の任用を希望し、熱心に慰留していたこと、理事会が態度を硬化させた原因である原告の教授会における発言は田代理事長らが認識したようなものではなく、誤解にすぎず、その発言による具体的障害も生じていないこと、以上の諸事情からすれば、被告の原告に対する特任教授任用拒否は人事権の濫用というべきである。

したがって、原告は被告大学経営学部の特任教授としての地位を有することになる。

二  被告

1  特任教授の任用権者について

被告の意思決定機関は理事会である(私立学校法三六条、被告寄付行為一六条)。理事会はこの権限に基づき宮崎産業経営大学特任教授規程(以下「特任教授規程」という。)を定め、そこで特任教授の任用は、学長の意見を聞き理事会の承認を得て理事長が行うものとした。よって、特任教授の任用権は理事長にあり、教授会決議に理事長が拘束される理由はない。原告は憲法二三条を根拠として被告大学における特任教授の任用権は教授会にあると主張する。しかし、憲法の自由権的基本権の保障は私人相互間に直接適用されることはないから、原告の主張はその前提において失当である。

2  原告の定年年齢が七五歳であるとの主張、原告の教授採用時に原告と被告との間で将来は特任教授に任用する旨の合意が成立していたとの主張及び本件で理事長が原告に対して就任要請をし、原告が最終的にこれに同意したことによって特任教授への任用契約が成立したとの主張はいずれも否認する。

3  特任教授任用の慣行について

(一) 特任教授規程は昭和六二年に制定されたが、これに該当する者が最初に出たのは平成四年四月一日からである。この時は対象者八名のうち六名は任用されたが、貫達人、佐々木担の両教授は任用されなかった。平成五年四月一日においては対象者は七名で、そのうち池田實男教授は特任教授の任用更新がされなかった。

(二) 右のとおり、特任教授任用あるいは更新は制度が動きはじめて二年が経過したばかりで、発令の慣行というものはなかったが、定年退職した教授が必ずしも特任教授に任用されるものではないということは右の実情からしても明らかである。

4  人事権の濫用について

(一) 原告は平成六年三月八日までは特任教授任用辞退の意思を表明していた。これが原告の意図のいかんを問わず経営学部の教授間に混乱を生じさせており、平成六年度の始まる四月一日を目前にしての辞退撤回は遅きに失することが明らかである。

(二) 原告は平成六年三月一〇日の経営学部拡大教授会において、理事長が結果的に人事に介入することになって申し訳ないと述べたと事実を曲げて宣伝し、更に、理事長の人事不介入を制度的に確立していくと発言した。これは被告大学運営の制度に挑戦するものであり、理事会としては黙視できない。

(三) 以上のとおり、被告大学における管理のあり方を正常化するためにも原告を特任教授に任用できない重大な理由が存したのであり、理事長及び理事会に裁量権の濫用はない。

第四  当裁判所の判断

一  争いのない事実並びに甲第三ないし第五号証、第六号証の1、2、第七号証、第九号証の1ないし4、同号証の6ないし9、第一一号証、第一二号証、第一八号証、第二九号証、乙第五号証、第二四号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により認められる事実

1  当事者

(一) 原告

原告は、大正一一年一月一日生まれであって、平成元年四月、被告大学経営学部教授に就任し、平成五年四月からは、同学部経営学科長の職にあったものである。

(二) 被告

被告は、教育基本法、学校教育法及び私立学校法に基づく学校法人であって、被告大学を設置し運営しており、被告大学は昭和六二年に開学した。

2  平成元年四月、原告が被告大学の教授に就任した際、被告大学における大学教員の定年は、満六五年、定年による退職の時期は定年に達した日の属する学年の末日、ただし、大学創設時から完成年度(学生全員が揃う創立四年目)までに採用された満六〇年以上の大学教員は、採用後五年をもって定年とする旨規定されており(昭和六二年二月二〇日制定の大淀学園職員の定年等に関する規程第三条。なお、平成四年一一月二五日制定の被告大学職員の定年等に関する規程第二条及び同規程附則2も同様の定めである。)、現在もその内容に変更はない。

3  特任教授制度

(一) 被告大学における特任教授規程(昭和六二年二月二〇日制定)では、被告大学の教授が定年により退職する場合、被告大学の事情を考慮して特に必要があると認めるときはこれを特任教授に任用できること、特任教授の任期は一年であって、七五歳を超えない範囲内で任期を定めて任用を更新することができることがそれぞれ定められている。

(二) 特任教授の任用は、学長の意見を聴き、理事会の承認を得て理事長が行うが、学長が意見を述べるにあたっては、当該学部教授会及び大学協議会(大学全般に関する重要事項を審議するために設置され、学長、各学部長等により組織される機関)の議を経るものとされている(なお、平成四年一一月二五日改正前の特任教授規程では、特任教授の任用は、大学協議会の意見を徴して理事会が決定するものとされていた。)。

(三) 特任教授規程は、昭和六二年の被告大学開学時に制定されたものの、特任教授規程による任用の対象となる退職者が生じたのは平成三年度末(平成四年三月三一日)からであった。

4  原告が平成元年四月に被告大学経営学部教授に就任するに至った経緯

(一) 原告は、昭和四三年四月に鹿児島県立短期大学に経営学総論等の担当助手として就職し、以後、講師、助教授を経て昭和五二年四月に同大学の教授に就任し、昭和六二年三月に同大学を定年退職した。

(二) 原告は県立短期大学を退職する直前ころから知人や被告の前理事長からの勧誘を受けて被告大学教授として再就職することになったが、その際には定年に関する具体的説明は聞いておらず、原告から質問することもしなかった。

5  原告が任用拒否されるに至った経緯

(一) 平成五年一〇月一日、田代理事長は、被告大学大学協議会議長である学長に対し、平成五年度末日(平成六年三月三一日)に定年により退職する教員又は任期満了となる教員の特任教授としての任用の要否等人事に関する事項についての諮問をした。

(二) 平成五年一一月二八日、田代理事長及び学長は原告に対し、特任教授として任用されることに対する希望の有無を確認したところ、原告は、当時白城学部長が退職の意向を示していると考えていたため、進退を同学部長と同様にしたいとの考えから右回答を留保した。その後、同年一二月一四日ころになって、白城学部長が就任を継続する意向であることを知り、自らも特任教授への任用を希望するに至った。

(三)平成五年一二月一六日、経営学部拡大教授会(被告大学学則五七条二項ただし書、被告大学学部教授会規程二条ただし書に基づき、教授以外に助教授及び講師をも加えて組織したもの)及び大学協議会がそれぞれ開催され、原告を平成六年度特任教授として任用することが承認された。

(四) 平成六年一月一三日、田代理事長は、白城経営学部長と会い、原告の行動についてよくない噂があり特任教授に任用するのは困難である旨を述べたが、白城学部長は原告の人格、識見に問題はない旨を述べ、特任教授への任用を希望したが、理事長は納得しなかった。原告ひとりを退職させることはできないと考えた白城学部長は、原告の任用がかなわないのであれば、自らも原告とともに大学を去ることを決意し、翌一四日、白城学部長は原告に対し、自らも特任教授の任用更新を辞退するので原告も特任教授への任用を辞退するように提案し、原告はこれを了承した。また、他に任用更新が予定されていた経営学部の山崎秋則教授も、白城学部長に対して、平成六年度の特任教授としての任用更新を辞退する意向を示した。右三名は、平成五年度において経営学部の執行部を構成していた(原告は経営学科長、山崎教授は大学協議委員)。

(五) 平成六年一月一九日、原告は田代理事長に対し、平成六年度の特任教授への就任を辞退する意向を伝えるとともに、同日開催された経営学部教授会及び拡大教授会において、白城学部長、山崎教授ともに、特任教授としての任用及び任用更新を辞退する旨を明らかにした。

(六) 田代理事長は、原告ら三名が特任教授に就任しない場合には、経営学部の教員組織が弱体化し、その円滑な運営に支障を生じる恐れがあることから、原告の特任教授就任を拒否しようとしていた従前の態度を変えて三名を慰留することとし、一月二〇日、三名を理事長室に呼び、特任教授として大学に残留するよう説得した。しかし、原告らはいずれもこれを拒否し、その後理事長、御手洗丈夫学長らから主として白城学部長に対し、三名の慰留活動がされ、二月二四日には杉村敏正法学部教授のはからいにより、理事長、学長、杉村及び白城の四氏が宮崎市内の料亭で会食し、そこで、杉村教授が理事長に対し、大学における教員人事は客観的基準に基づいて行われるべきである旨の忠言を行った。翌二五日、前記四者が理事長室において会合を持ち、白城学部長が、昨夜の杉村教授の提言を今後の大学運営の指針とすべきである旨を発言し、これには格別の異論は出なかった。その後、理事長らから白城学部長に対して慰留が行われ、白城学部長は検討する旨返答した。しかし結局、白城学部長の決心は変わらず、三月三日に開催された経営学部臨時拡大教授会において、原告らによって就任辞退の意向が述べられ、白城学部長退職にともなう後任学部長選挙が行われることが決定した。原告は、三月五日、「特任教授辞退問題収拾策案」と題する書面を被告大学事務局長である人見忠に交付したが、そこには「個人理事長は大学人事に介入しない。今後問われるべきは経営学部の緊急救済策と健全な発展策である。緊急救済策として、組織決定を経ての特任教授就任は変更しない。」との記載がされていた。

(七) 平成六年三月八日、理事長は、原告ら三名と個別に会い、白城学部長に対して原告についてよくない噂があり特任教授への任用は困難である旨を伝えたことにつき、軽率であったと詫びるとともに、改めて特任教授就任を要請したところ、原告は、特任教授への任用を辞退するとの意向を撤回し、同日開催された大学協議会においても同様の趣旨を述べた。また、同月一〇日に開催された教授会では、白城学部長は、特任教授としての任用更新を辞退する旨を述べたが、原告は、「理事長、学長及び学部長の話し合いの結果、理事長は、中傷に基づいて人事に介入することはしない旨を述べ、又、理事長から学部長に対する『児嶋教授にはよくない噂があるので特任教授に任用するのは困難である』旨の発言は理事長が撤回したので、私は特任教授任用を受けることにした。」との趣旨の発言を行った。そして、同月一一日には、原告、白城学部長及び山崎教授の三名は、学長に対し、特任教授就任を辞退するとの意向を撤回する旨伝えた。

(八) 三月一〇日に開催された教授会の後、理事長は教授会出席者から、教授会の席上において原告及び白城学部長より「理事長は原告らに対して『教員人事に介入して申し訳ない。』との趣旨の謝罪発言をした」との報告があった旨を伝え聞き、原告らが教授会において事実に反する報告をしたと感じて怒りを覚えるとともに、原告らの教授会での報告の結果、関係者が理事長には教員人事に関する権限がないと受け取ることを危惧するに至った。そこで理事長は、右の危惧を払拭するために原告ら三名の特任教授任用等を拒否することを決め、三月一六日、理事会を開催し、その席上、このまま原告らを任用すると被告の教職員らに理事長には被告大学における教員に対する人事権がないかのように受け取られる恐れがあるので、三者の任用等は拒否したい旨を述べ、賛成多数で可決された。なお、この決議に至るまで理事会において原告の特任教授任用が審議議決されたことはなかった。

(九) 平成六年三月三一日、原告は被告大学を定年退職し、同日被告は原告に対し、退職金として一六五万円を原告名義の銀行口座に入金し、原告は右退職金を受領した。

二  原告の主張1について

原告は、憲法二三条を根拠として、大学における教員の人事権は教授会にあると主張する。

しかし、憲法二三条等の自由権的基本権の保障規定は、国又は公共団体と個人との関係を規律するものであって、原告と被告間のような私人相互間の関係に適用ないし類推適用されるものではない。確かに、国は私立学校振興助成法四条、一二条等に基づき私立大学に対して財政的な援助を与えるとともに一定範囲の監督権限を有している。しかしながら、右の財政的援助や監督権は限定的なものであり、私立大学が国の実質的支配下にあるとまで評価することはできないから、右の事情は前記の結論を左右するものではない。

三  原告の主張2について

原告は自己の定年年齢が七五歳であると主張する。しかし前記一2において認定した定年に関する規定の存在にもかかわらず、原告の定年年齢を七五歳と認めるべき証拠はないものといわざるを得ない。

四  原告の主張3について

原告は任用時に被告との間で、原告が希望する限り原告を特任教授として任用する旨の合意があったと主張するので、以下検討する。

1  争いのない事実並びに甲第三号証、第六号証の1、2、第七号証、第八号証、第一一号証、第二二号証、第二七号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告大学における特任教授規程(昭和六二年二月二〇日制定、最終改正の施行日は平成五年四月一日)では、被告大学の教授が定年により退職する場合、被告大学の事情を考慮して特に必要があると認めるときはこれを特任教授として任用することができる(二条一項)、任期は一年で、七五歳を超えない範囲内で任期を定めて更新できる(二条二項)、授業担当時間数は退職時の二分の一以上(三条)、基本給は退職時の二分の一(四条一項)とそれぞれ定められており、その待遇は正規の教授とは大きく異なっていること、その任用手続について同規程は、学長の意見を聴き、理事会の承認を得て理事長が任用する(五条一項)が、学長が意見を述べるにあたっては、学長は、当該学部教授会及び大学協議会の議を経なければならない(五条二項)旨定めていること、平成四年一一月二五日改正前の特任教授規程によると、特任教授の選考及び任用については、現行の規程と異なり単に大学協議会の意見を徴して理事会が決定するものとされていたにすぎないこと、被告は、平成四年一一月二五日、特任教授規程とは別に、「宮崎産業経営大学教育職員の定年延長に関する規程」を制定し、同規程は、平成五年四月一日から施行されていること、特任教授の任用状況は別紙記載のとおりであること、被告は原告に対し、退職金を支払い、原告もこれを受領していること、以上の事実を認めることができる。これらの諸事情を総合して勘案すると、特任教授制度は、定年延長制度とはその趣旨を異にし、退職時に当該教授に対して退職金を支払った上、被告大学において特に必要があると認める場合に当該教授と新たな雇用契約を締結するものであると解するのが相当である。

2  以上のような特任教授制度の趣旨、内容からするならば、原告が被告大学に平成元年に任用された際に、その雇用契約の内容として原告が退職した後は当然に特任教授に任用されるとの内容が含まれていたとは認め難く、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。よって、原告のこの点に関する主張は理由がない。

五  原告の主張4について

原告は、被告大学においては、対象者が希望する限り特任教授に任用するとの慣行が成立していたと主張するので、この点について検討する。

1  争いのない事実並びに乙第一五号証、第二三号証、第二五号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、特任教授規程は、昭和六二年の被告大学創立時に制定されたが、別紙被告大学特任教授任用状況記載のとおり、特任教授規程による任用の対象となる退職者が生じたのは平成三年度末(平成四年三月三一日)からであって、平成四年度(平成四年四月一日)に初めて六名の者が特任教授に任用され、平成五年度には、右六名の特任教授のうち五名の者が再任用され、一名の者が新たに任用されたが、他方で原告を含む六名の者が定年により退職したこと、現在の特任教授規程は、平成四年一一月二五日に改正され平成五年四月一日から施行されたが、右改正により、前認定のとおり、任用手続、任用権者の変更が行われており、右改正後の特任教授規程に基づいて特任教授として任用するかどうかが問題となったのは、平成五年度における特任教授の任用又は再任用についてからであること、がそれぞれ認められる。

2  以上認定した事実からすると、そもそも特任教授規程による任用が実際に行われるようになってから本件までわずか二年余りしか経過していない上、任用手続及び任用権者が平成五年四月一日施行の特任教授規程によって変更されており、右規程に基づく運用実績は原告の問題が生じる以前には僅か一回あるのみである。よって、原告主張の慣行はこの点において既に認め難いものというべきである。原告は、労働慣行の存在を肯定するのにその継続期間はさほど重要な意味を有しないというが、労働契約に明示の定めのない労働者の権利義務に関する事項を、慣行の存在を認定することによって労使双方を拘束する契約内容であるとするためには、相当期間の事実の蓄積が不可欠であるというべきである。労使が契約締結時にその内容とする意思を有していたのであれば、その事項は慣行によってではなく、契約の内容そのものとして当事者を拘束するとすべきであり、慣行を持ち出す必要はない。そして、原告が被告大学経営学部教授に任用された平成元年四月に原告と被告間で右の合意がされたことを認め難いことは四において述べたとおりである。

よって、原告主張の慣行はこれを認め難く、この点に関する原告の主張は理由がない。

六  原告の主張5について

前記のとおり、特任教授の任用は、理事会の承認を得て理事長が行うこととされているところ、理事会が平成六年三月一六日に原告を特任教授として任用しない旨を決議するに至るまで、理事会において、原告の特任教授任用を承諾したことはないのであるから、理事長から原告に対し、事実上、特任教授への就任要請があり、結果として原告がこれを了承したとしても、原告と被告間で特任教授の任用契約が成立したものとは認められない。

七  原告の主張6について

1  原告は、被告が原告を特任教授として任用しないのは人事権の濫用であり、したがって、原告は特任教授としての地位を有すると主張する。しかし、特任教授制度は、定年退職した教授に対して、被告大学において特に必要があると認める場合に当該教授と従前の雇用契約とは別個の新たな雇用契約を締結するものであって、原則的には、仮に被告側に任用権の濫用があったとしても、そのことから直ちに原告に特任教授としての地位が認められる関係にはないというべきである。

2  ただし、被告の人事権行使の理由、態様が著しく信義に反するものである一方、原告が特任教授任用の期待を有しており、その期待が法的に保護されるべきものである場合には、正式の任用行為がされていない場合であっても例外的に任用行為がされたと同視することのできる場合も存すると考えられるので、この点について以下検討する。

(一) 先に一5において認定した本件の経緯(平成五年一二月に原告ら三名の教授が特任教授就任の希望を表明し、同月に教授会と大学協議会で原告の特任教授任用が承認されたこと、理事長が白城学部長に原告にはよくない噂があるとしてその特任教授任用に難色を示したこと、これに反発した白城学部長と山崎教授は原告とともに大学を去る決心をしその旨を理事長に伝えたところ、三名同時の退職に驚いた理事長が態度を変えて白城学部長ら三名の慰留工作を懸命に行い、その結果、まず、原告が特任教授就任の意向を示し、その顛末を原告が教授会において「理事長が中傷に基づいて人事に介入はしない」との趣旨を述べたと報告したこと、その後、白城学部長、山崎教授とも大学に残ることとし学長にその旨を伝えたこと、理事長は原告の教授会での発言を教授会出席者から伝え聞き、これでは関係者が、理事長には大学教員に関する人事権がないと受け取るのではないかと危惧し、原告ら三名を任用しないこととし、本件紛争が発生したこと)を考慮し、きっかけとなった原告に特任教授として不適格な事実があるとの点についてはその具体的内容さえ明らかでなく、理事長及び理事において、原告の教授会での発言が理事長の人事権の喪失につながると危惧したとしても、原告の発言からそのような危惧を感じることは少しく過剰な反応であるといわざるをえない。また、理事長が原告や教授会議長に原告の発言の正確な内容を確認した事実もないことを勘案するならば、理事長が理事会に原告らの任用拒否を提案し、理事会がこれを認めて不任用を決定したことは、従前の経緯や教学担当者側の意向を軽視したやや軽率な判断であるとの批判は免れない。

(二) しかしながら、他方、原告らは新学期直前である三月八日まで任用辞退を表明していたものであり、その任用への期待はかならずしも法的保護に値するものとはいえず、又、三月五日に原告が被告大学事務局長に交付した書面には「個人理事長は大学人事に介入しない。組織決定を経ての特任教授就任は変更しない。」との記載があることからすれば、理事長及び理事会がこのまま原告ら三名を任用すれば今後、理事長及び理事会が大学人事を円滑に行うことが困難であると考えたとしても、これを不当と断定することはできない。以上のとおりであり、結局、本件においては未だ前記例外的場合に該当するものということはできず、原告の人事権濫用の主張も理由がない。

第五  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官加藤誠 裁判官黒野功久 裁判官内藤裕之)

別紙〈省略〉

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